如来と如行

ブッダは自身を呼ぶ時『タターガタ』という言葉を使っていました。この世界から向うの世界に行ったような人という意味です。漢訳では如来、つまり「来たような人」と訳されているので、意味は正反対です。大乗の仏陀は向うの世界の人で、衆生を救うためにこ…

日本の文化

日本の文化は、世界中のどの国とも違う独特なものがあります。アジアの文化はインドや中国の影響がありますが、日本は同じ中国文化圏のどの国にも似ていません。災害や大参事などが起きた時の被災者、被害者の態度の冷静さ、穏やかさに、中国や韓国の人は驚…

明晰な言葉を使う

ブッダヴァチャナ・シリーズを読んで感じたのは、ブッダは何かの話をする前に、必ずその言葉の定義を、例えば「苦とは、こういう意味です」と明瞭に説明していることです。 それまでなかったロークッタラ(脱世間)の世界を説明するのに、世俗の言葉以外に使…

異常気象の原因・ブッダの言葉から

最近は日本中、世界中で代わる代わる異常気象が起きています。 ブッダの言葉に、異常気象についての言及があります。 「ブッダヴァチャナによる縁起」の中の「人間の弱さの縁起」という文章です。これによると、現代人の多くが、不健康であることの原因は、…

「違法ではないが不適切」と五戒

舛添氏が自らの疑惑を払拭すべく調査を依頼した弁護士が、疑惑の対象となっている多くの項目について、「違法ではないが、不適切」と発表しました。違法というのは国の法律の話で、不適切というのは倫理や道徳の話です。今回の騒動を通して、法律と道徳と五…

学問軽視の時代

以前から、「昔、学問のある人はすべて人格者だったが、戦後、学問のある人即人格者ではなくなった」と感じていました。 これに関して、最近私の中で明らかになったことがあるので、書きたいと思います。というのは、今まで私は、学校で教えるような知識をす…

大焦熱地獄

ブッダヴァチャナによる縁起 第一章の2に、大焦熱という地獄の話があります。 『比丘のみなさん。大焦熱という地獄があります。その地獄で、人物は目で何らかの形を見ることができますが、望ましくない形だけが見え、望ましい形は見えず、欲しくない形だけが…

般若心経はブッダを否定している

般若心経は、日蓮宗と法華宗以外の日本の仏教宗派が採用している経であり、短くて便利なので、良く知られています。私も、「お釈迦様の教えをまとめた最短の経」と言われているままに、そう盲信していました。しかし最近全文を読む機会があったので、気づい…

仏教用語の総入れ替え

今日は私が考える「タンマを読んで理解できない理由」を書いてみます。 まず初めに、「タンマを理解できる」という意味ですが、知識として理解でき、理論として説明できることではなく、すべてが「そうだ、そのとおりだ」と納得でき、罪を恐れる気持ち、悪を…

仏教を衰退させるもの

前回の日記で、四念処に関して正しい技法が広まっていないのは、『実践して、(ブッダが言われているとおりの)結果を出した人だけは、実践について教えても良い』という教えに誰もが違反して、自ら検証していないことを教えているからだと書きました。これ…

四念処の仕方

「四念処」で検索すると、Wikipediaも、他のどのサイトも、「体と、受と、心と、法を観る」と言っていますが、見てどうするか、何のために見るのか四念処の実践の仕方を終わりまで説明しているサイトもブログもありません。 しかしブッダが言われている四念…

結婚の実相

去年翻訳した話で、どれだったか憶えていないのですが、ターン・プッタタートが「現代の人は家に喜ばせる女性を置いて、それを体良く妻と呼びます」と言っているのがありました。師の話にはいつでもハッとするような部分がありますが、これを読んだ時、改め…

釈尊は空海の師

慧能の「壇経」を読んだ時、教祖の名前が「仏(当初は一字でブッダと読みました)」だったので、仏教がインドから中国に伝わった時、仏教の教祖は、当然ですが仏(仏陀)であったことが分かりました。それで機会を見つけて、何人かの中国と韓国の人に仏教の…

なぜ生まれたのかを知らず、賢いという勿れ

ある方から「ターン・プッタタートのこういう内容の話はありませんか」と問い合わせをいただいて、「仕事はタンマの実践」を紹介したついでに、久しぶりに読んでみました。自分のお寺の弟子に話した菩薩日の説教(戒に関しての)です。そこで瞑想について、…

いつか恋する君のために

「花は咲く」という東北地震の復興支援曲があります。「花は、花は、花は咲く。いつか生まれる君のために。花は、花は、花は咲く、私は何を残しただろう」というリフレインの最後は、「花は、花は、花は咲く。いつか恋する君のために」で終わっています。 子…

タンマサラナ

私は「帰依」という言葉があまり好きではありませんでした。「信仰すること」「信じて従うこと」というイメージが強く、キリスト教やイスラム教や大乗仏教などの信仰を基本とする宗教の、信仰誓約の言葉のように感じていたからです。 そんなわけで、「明るく…

「ブッダ最後の旅」の「不放逸」について

「ブッダ最後の旅」という本の中に『もろもろの事象は過ぎ去るものである。怠ることなく修行を完成なさい』という言葉があります。原始仏教関連の本は少ないので、ブッダの言葉を学ぶ人たちの間でこの本は有名です。しかし、この文の中の『怠ることなく』と…

大切なのは意業

政治にあまり関心はありませんが、最近、どうしようもないほど幼稚になっているように感じます。根本的な制度を整えないで、手っ取り早く手当て(お金)を配る策が増えました。しかも、欠けている所、必要としている層にではなく、ガサツに、誰にでも配りま…

諦めは悟り

自分では解決できない不運に遭遇した時、願いが入れられない時、あるいは思った通りにならない時、傲慢な人は怒りに囚われて抵抗し、気力の弱い人は嘆きや悲しみに陥り、知恵のある人はいろんな画策をめぐらし、いずれにしてもなかなか立ち直れません。現代…

仏教という名のヒンドゥー教

タイの仏教の本を翻訳し始めてから十余年の間に、たくさんの「仏教に関心のある人」に出合いました。しかし「仏教に関心がある人」の多くは瞑想に関心がある人であり、ブッダのタンマとその実践は、瞑想の進歩を助けるものくらいに捉えているようです。だか…

信仰を捨てる

ブッダのタンマに関心のある人は、当然「信仰」を好ましく思っていないと思います。神様の存在を信じ、神様に関して誰かが規定したすべてを、ただ「信じる」信仰を、愚かしいと感じ、危険と感じます。しかし一般に信仰と捉えられているのは、神様、ホトケ様…

三相の苦=ドゥッカター

四聖諦の苦と三相の苦は違うのですかという質問があったので、「耐えがたい状態」である苦、煩悩が原因である苦、つまり四聖諦の苦と、三相の苦の違いについて説明します。 三相とは、「万物の無常・苦・無我である状態」であることはご存じだと思います。パ…

タンマの実践は三本撚りの縄(補足)

ブッダの仏教の実践には智慧学が一番重要だということを、更に良く理解していただくために、もう一度同じ話題です。ターン・プッタタートは、仏教の実践だけでなく、「何をするにも戒・サマーディ・智慧が必であり、この三つは撚り合わさっているもので、別…

タンマの実践は三本撚りの縄

ブッダの教えの目的は滅苦、すべての苦から脱すことです。何か素晴らしいものを得るのではなく、望ましくないものを捨てて本来の在り様(自然物質である体と心)に戻ることです。 「完璧な滅苦の方法」を発見したのはブッダだけなので、同じように完璧な滅苦…

英語を話すことの害

昔外国語と言えば、西洋ならラテン語、東アジアの国々では中国語、南アジアではパーリ語でした。つまり、外国語は宗教を学ぶためのものでした。交易をする商人も当然外国語を使ったでしょうが、商人は学ぶというより倣い憶えるだけで、学問的な勉強ではあり…

仏教は他の信仰を許容する?

「ブッダは仏教以外の信仰を禁じていないから、従来のいろんな信仰をそのまま維持しても良い」と言う人が時々います。そう言うのを聞く時、既に仏教に関心のある人にそう教えるのは、果たして正しいのかと疑問に思います。 なぜなら私は、「従来の信仰を捨て…

トップの勘違い

ある歌手が提唱して毎年行っていたチャリティーコンサートの収益金で、海外の貧しい地域に建てた学校に、代表者である歌手の名前がついているのを見たとき「ちょっと違うんじゃないの。なんで会の名前でなく代表者の名前なの」と思いました。 同じような違和…

興味のないこと

たとえば家族で旅行に行って、駅からホテルまで繁華街の道を歩いたとします。ホテルに着いて今歩いてきた通りについて話すと、それぞれが見ていたものが違うことが分かります。 若い人は、コンビニやゲームセンターやファッション小物店や模型店などの店を憶…

ワンプラ(菩薩日)

心には幸福(喜)と不幸(苦)とどちらでもない状態の、三つの状態があります。 ブッダは幸福も不幸も、苦しさは同じだと言っています。世俗の幸福の裏側には不幸が隠れているので、真の幸福ではないからです。 ブッダが言う本当の幸福とは、真ん中の、幸福…

ある日突然、苦は消えた

タイの仏教の本を初めて読んだのは十数年前、チャヤサロー比丘の法話集でした。 特に心に残ったのは、「心と心の中にあるものは別だということ。自分の心の中にあるものを見分けること。受蘊(感覚)か、想蘊(記憶)か、行蘊(考え)か、あるいは欲望か煩悩…