車寅次郎は何が辛いのか

プッタタートプッタタート師が「ブッダダンマ」の中の「静かさはブッダダンマ」という話で、「ブッダは、静かさ以外に幸福はないと言われている。人(動物)は誰でも静かさを愛している。戦争も静かになるための足掻き」という趣旨の話をしています。これには納得しますし、人間の本質はそのように見えます。しかし日常生活ではそうでない人もいます。

 

家族に付き合って映画「男はつらいよ」を時々テレビで見るのですが、何度見ても寅が男であることの何が辛いのか、分かりません。毎回、平和に暮らしている虎屋に、寅次郎がふらりと戻って来て、その回のマドンナである女性に、勘違いの片思いをし、最終的に夢は破れて、虎屋の家族、妹さくらの家族、裏のタコ社長まで、寅次郎の感情の嵐に巻き込んで大騒乱があります。最後は寅次郎が家を飛び出して旅に出て、遠くの町から美辞麗句を書き連ねたハガキが届いて終わります。

 

片思いや失恋など、寅次郎の心の問題なのに、まったく感情を管理しないので、周囲の誰でも巻き込んで振り回し、自分だけが傷ついたように家を去ります。大騒ぎをしたことに後悔も反省もなく、寅次郎の心の中では清々しささえ感じているように見えます。そのタイプの人は、自分が起こした騒乱を愛しているからです。

 

 寅次郎が大騒ぎする前には、必ず憧れの人に対する恋愛感情があります。その女性に逆上せ上がって、あれこれ想い描いて楽しみ、夢想する期間があり、現実が怪しい雲行きになり始めた頃、あるいは失恋が明らかになった時に、最高度の幸福の目盛りまで揺れていた心は、最高の不幸の目盛りに揺り返し、怒って、泣いて、喚いて周囲の人の反応で自分の怒りが最高度に達すまで、周囲の人を激しく傷つけます。最高度に達せば、怒りは収まるからです。(この意味では、怒りも静かさのためと言うことができます)。

 

 もし寅次郎が家に戻って来た時、寅次郎の心を捉え女性が登場しなければ、トラの恋愛もなく、家中を引っ繰り返すような騒動もありません。しかし寅次郎には、美人好みとか、タイプの女性とかいうものはなく、丁度良い時に現れれば、ほとんど誰でも恋愛の対象にしてしまいます。

 

 寅次郎は架空の人物ですが、そのようなタイプの人は、世間にたくさんいます。そのタイプの人は、平和で退屈な日が続くと、自分の心を高揚させるためだけに恋(片思いでも可)をします。人を愛せば心がウキウキして幸福を感じ、現実以上の幸福を感じるために夢想に耽ります。つまり所持している現金以上に馬券を買ったと思い込むようなもので、夢が破れた時は、所持していた額より大きな痛手を被ります。

 

 幸福が突然消えれば、陶酔は怒りに変わり、家族や周囲の人を巻き込んで、怒りの頂点を求めなければならなくなるので、ほとんどは家族や部下に怒りをぶつけます。しかしこのタイプの人は、「自分が何のために恋をするのか。なぜ自分は関係ない人を傷つけてしまうのか。自分は、平和に暮らすこと、平穏に生活する退屈さに我慢ができず、波風を立てずにはいられない」と知りません。

 

 昭和の金子光晴という詩人は六歳で養子になり、養母は彼より十歳上の十六歳でしたが、怒ると焼け火箸を手などに押し付け、別の時には「ごめんね、熱かったかい」と猫撫で声を出すような人だったと書いていました。このような行為も、「平和に、我慢出来ないほど退屈を感じる」タイプで、苦しめることが後で詫びて可愛がる(つまり愛の)原因になるので、そのために幼子の身心を傷つけることを繰り返します。幼児を虐待する親の一つのタイプです。

 

 大人しくしている人たちを見ると、からかって楽しい気分になり、揶揄して怒らせて楽しむ人がいます。(寅次郎もからかうのが好きです)。それも、静かな物の静かさを破ることを幸福と感じるからかもしれません。他人を怒らせて揉めた後には、ことが治まった時、再び静かになる喜びがあるので、その味が繰り返させるのかも知れません。

 

占星学のテキストを読んだ時、「平穏な日常の連続を堪えがたく感じ、愛している人たちに喧嘩を売る人」がいるとは信じられませんでしたが、「男はつらいよ」を観ると、こういうことだと分かります。寅次郎が喧嘩をするのは虎屋の人たちですが、結婚している人は、しばらく平穏に暮らしていると、理由もなく突然相手に喧嘩を売っては、仲直りすることを繰り返します。

 

寅次郎が、平和に我慢できないほど退屈を感じる病気に気づいて治す努力をすれば、柴又には穏やかな日々が続き、寅次郎自身も波風の少ない、穏やかな人生を送れます。それが昭和らしさと言っても、一人の幼稚な男によって、侵略のように、爆撃のように、突然一家が平穏な日常を奪われる光景を観ると、「もっと大人になりませんか」と言いたくなります。

朝方の危機

最低気温が真冬並みの日が続いた先週のある朝、明け方にトイレに目が覚めて、いつものようにトイレに行き、用を足して、ペーパーを巻き取ったことまでは憶えているのですが、気が付いたら座椅子に寝ているような姿勢で(我が家には座椅子はありません)、怪訝に思って右腕を動かすと便器が触れたので、便器と壁の狭い空間にいるらしいと分かり、立ち上がって部屋に戻りました。

 

気づいた時パジャマのズボンは上げてあったので、立ち上がってから倒れたのでしょう。体は冷えてなかったので、意識を失っていた時間は、長くなかったようです。

 

なぜ倒れたのか、何が原因なのか分かりませんでしたが、年寄ならこういうこともあり得るし、自然なことのように思いました。子に話したらネットで調べて、ヒートショックの症状らしいと分かりました。ヒートショックは入浴時に多いと聞いていましたが、朝方は一番寒い時刻なので、放尿により、より体温が下がり、血管が急速に収縮して、一時的に高血圧になるらしいです。あるいは立ち上がった時に、急に血圧が下がったのかも知れません。

 

それとも、一瞬心臓が拍動を止めたので倒れたのかどうか、詳しいことは知りませんが、あれで死んでしまうなら、痛いも苦しいもなく、本当に楽だと思いました。

 

しばらく前に兄が電話で、夜半に便意を感じ、なかなか出ず、座っていると突然床に倒れてしまい、意識はあっても金縛りのように体が動かなくなり、しばらくそうするうちに、元に戻ったと話していました。夜中の便意は脾陽虚という症状(腸の内容物を保持しておく力の不足)だと思いますが、倒れたのは、温かい居間から寒いトイレに行ったことによるヒートショックか、力んだことによる血圧の問題かもしれません。

 

そして私も転倒した日の前後数日は、胃が重いように感じたので、脾(消化器官を司っている)の調子と関連があるのかも知れません。

 

入浴時は温度差に気をつけ、出る時は浴室の中で身体を拭き、外に置いてある下着だけを素早く浴室に入れて、浴室内で着、それから洗面所でパジャマを着ると、外の寒さをあまり感じないので、年寄には良い方法だと実行していました。

 

しかし夜中のトイレでもヒートショックがあるとは知りませんでした。真冬の夜にトイレに行く時は、分厚いベストを羽織っていましたが、最近温かくなったので、数日だけ寒さが戻っても、防寒ベストを来ていませんでした。考えて見れば夜具の中は体温に近い36度くらいあり、トイレの室温はたぶん15、6度くらいで差が大きく、浴場にも劣らず危険だと知りました。

 

同時に、死はいつでも、影のように身に付いていて、突然任務を果たすと再認識しました。ダンマがある時は「今、一秒後に心臓が止まることもある」と考えても、ダンマがなくなれば、「まだしばらくは死にはしない」と考えて、時間を無駄にしてしまっていました。死は、ほんの一瞬の隙を狙っていると感じました。

積もり積もった妄語の結果

 

ウクライナがこれからどうなってしまうのか、世界が注目していますが、誰にも分かりません。香港が中国に返還されて、しばらくは英国統治時代と同じ自由がありましたが、次第に中国の干渉が強まり、やがて本国と一体になるように見えます。

 

英国が統治していた時代、一時は自由な国(地域)になりましたが、住んでいる人は本土と同じ民族で、言語も文化も習慣も同じです。街は、多少西欧化したように見えますが、人々の習性や伝統は中国人と何ら変わりません。だから多くの人のカンマは、中国本土の人のカンマと違わないと思います。

 

カンマが同種なら、受け取る結果も同種です。ほとんどの国民に共通のカンマは、同じ結果を受け取るために、本国と同じの制度になる必要が生じます。だから、ロシア・中国・北朝鮮など、報道統制をして事実に基づかない報道をし、国民が真実を知ることができない国の国民の多くは、「不妄語戒」がないと推測できます。不妄語を言わない人、あるいは正語(本当のことを言う。友好的に話す。丁寧な言葉を使う。利益になることを話す)がある人が、偽りの報道を受け取り、真実を知ることを妨害されることはあり得ないからです。

 

香港の人でも、中国本土の人のように不妄語戒、あるいは正語なければ、一時は自由を味わうことができも、長い間には、本土と同じように情報統制を受け、偽りの情報を受け取らなければならなくなります。時代の流れ、世界の流れとして、強制から解放へ、統制から自由へ変化すると見ていましたが、香港が時代の流れに逆らう結果になったのを見ると、それは大多数のカンマの結果以外にないと思います。

 

当然他にも、貧富の問題、プライバシーのない問題などにも、それらの原因になる共通のカンマがあるはずですが、妄語、あるいは不正語だけでも、この国に生まれること、その国民になることは決定すると思います。

 

日本も、先の大戦中は自由な発言を禁止され、事実でない報道がありました。だから共産主義国、元共産主義国のように多くはなくても、長年の間に積もった不正語の結果をまとめて受け取らなければならなかったのでしょう。

 

貧富の差だけなら一つの国で間に合いますが、(中国と台湾、北朝鮮と韓国のように)同じ民族で、恐怖政治と、民主的な政治に分かれるのは、脅威や権力に関わるカンマの違いがあると思います。

洋の東西を問わず、軍人による恐怖政治は、アジアや中東、東欧など、父権の強い国に見られ、家長制度のない欧米には見られないように感じます。父権と政治は関連があるかもしれません。

 

日常的に話す小さな嘘を重大問題と見る人はいませんが、多数の人の習性になって集積すると、恐怖政治下での暮らしという、恐ろしい結果になります。そういう意味で、宗教の戒(あるいは基本的な道徳)があることは、確実に平穏な暮らしと関りがあると見えます。

 

女性の話

オリンピック組織委員会会長だった森喜朗元総理が「女性がたくさん入っている理事会は時間が掛かる」と発言して問題になったことがありました。男性女性と括られると多少乱暴な気はしますが、一般的に、それは事実を言っていると思います。女性の多くは話が長く、本論に関係のないことを話し、卑近な例が多く、詳細すぎ、議論が進まないことは多いです。しかし女性ほど多くはないですが、男性にも話の長い人はいます。

 

夫は話が長くて、本論から逸れた話が多く、話していてじれったく感じることが多かったです。離婚を望ませた原因であるいろんなことは妥協できても、居間にいる間中、のべつ幕なしに話し掛けて来る習性には辟易としました。最近娘が父と同じようになり、夫が亡くなって饒舌から逃れられたと思ったら、今は子の中に甦り、死ぬまで逃れられないと感じました。

 

詰まらない話を聞くのは苦で、苦は怒りを生じさせます。だから、次々に口から流出する言葉を、戦場で弾を除けるように避けて暮らすのは、修行です。一言話し掛けると返事が長く、たった数語の問いに、何十行も解答する、論文形式の試験のようです。日常会話では、そのような詳細な返事は期待してなく、ただ、肯定か否定か、あるいは軽い相槌くらいで、ピンポンのように遣り取りできれば十分です。その度に長々と話されると、一曲ずつ順に回っているカラオケのマイクを独占されたようにうんざりします。

 

そのような時怒りを生じさせないために、話が長いのはなぜか、何を話しているのか、観察して見ました。

 

話が長い人は、その時話している本論に関わりのない、卑近なエピソードを披露するのが好きなので、一回の発言が長くなります。つまり、長くても重要な内容はありません。一般的に必要な話、重要な話だけをすれば長くはならず、どうでも良い話が混じるから長くなります。

 

重要でない話とは、観察した限りでは、多くは「自分は良く知っている」と思わせたい何らかの知識。あるいは「そこは行ったことがある」など、思い出して自分自身が楽しむ話。あるいは、その話と家族・親戚・友人などとの関係を自慢するなど、「自分」をアピールする類の話です。あるいは、話しながら考えていることもあります。

 

なぜ関わりのない話をするのか。

必要のない話を加えて発言を長くするのは、何が重要で何が重要でないか見分けられず、全部を必要と見るからです。話している人にとって、どちらも同じ重要性があります。つまり、その時話すべき内容として、何が重要で何が重要でないか、判断する能力に欠けています。

 

賢さにはいろんな賢さがありますが、「玉と石を見分ける」「重要なことと重要でないことを判断する能力」は、意味のある人生を送る上で不可欠です。その能力がなければ無駄の多い人生で、回り道ややり直しが多くなるからです。大事と小事を見分けられない人が、必要な話に無用な話を交えて話せば、どうしても話が長くなってしまいます。

 

なぜ自分に関わる話が多いのか。

それは、その人にとって、自分が最重要だからです。何かの問題の対策を話し合う協議でも、その場で自分の能力、話力、魅力を発揮して、参加者に知ってもらうことは、その問題の対策と同じくらい重要だからです。それくらい自分が重要な人は、機会がある毎に自分をアピールするので話が長くなるのではないかと観察しました。

 

親子で話している時、自分の魅力をアピールしても意味がないのに、それでも習性で、知っているだけの知識を披露して、長々と話します。これを仏教で言えば綺語です。綺語が習性になっていれば、そうした話に付き合ってくれるのは、同じように「玉と石を見分けられない」人か、何か目的がある人だけになります。

 

ブッダの綺語の説明は次のようです。

「彼はキリもない話を捨て、際限ない話を避け、時にふさわしいこと、本当のこと、利益があり、ダンマであり、ヴィナヤであることだけを話し、根拠のあること、証拠のあること、終わりのあること、時にふさわしい利益のあることだけを話します」。

 

綺語の報いについては、「めいっぱいして励んでたくさん言った綺語(くだらない話)は、当然地獄のためになり、畜生に生まれるためになり、阿修羅の境域のためになります。人間である人のすべての報いより軽い、くだらない話の報いは、誰にも言うことを信用されなくなることです」。

 

「現生で殺生をし、窃盗をし、愛欲の誤った行為をし、虚偽を言い、告げ口をし、乱暴な言葉を言い、冗長なおしゃべりをし、貪りが多く、恨む心がある誤った見解の人は、生きているうちに、現生で、あるいはその後、あるいはもっと後で当然そのカンマの報いを味わいます」。

 

「冗長な話、意味のない無駄話など、口から漏れる言葉は無害ではなく、殺生や窃盗と変わらない罪」と聞いたことがない人は無駄なお喋りが好きなので、だから女性に生まれることが多いのではないかと思いました。

過去生ジグソーパズル

私は、自分の「過去生の記憶」と言えるものはありません。占星学を学んだ時、土星や月やドラゴンテールが過去生を表していると知り、興味を持ちました。ブッダの仏教を知ると、本気で興味を持ちましたが、過去生の記憶が残っている幼年期、少年期ではないので、思い出す術もありません。

 

しかし過去生は現生と繋がっているので、現生を見れば過去生を推測できると見て、子供時代の習性を思い出してみました。

 

両親が言うには、歩き始めるのが遅く、普通の子は一歳前後で歩き出すのに、私は一年くらい遅く、歩き始めると両足を絡めるようなおかしな歩き方で、障害がありはしないかと心配したそうです。また言葉を話すのも遅く、知恵遅れではないかと心配したとも、聞いたことがあります。

 

幼い頃は、普段着は着物の厚着だったので、歩き難かったのでしょうか。赤子の時から、幼児になっても、いつもじっと座って、周囲をぎょろぎょろと(つまり強い視線で)見回していたそうです。

 

外で遊ぶようになると、一人で野原の草花や昆虫を見ました。小学生の頃は、川原で、流れの中にある石に載って流れを見つめていると、ある瞬間から自分が載っている石が舟のように動き出す錯覚が生じる、その錯覚を楽しむのが好きで、しばしば近くの川に行きました。

 

夏になると近所の子供は川で泳ぎましたが、私は泳げませんでした。しかし水に潜って石を拾うのはでき、好きでした。

 

中学生になると、学校から帰ると、周辺の低い山に登って、麓の集落の景色を眺めるのが好きでした。家の周囲には幾つも低い山があったので、あっちの山こっちの山に登って、麓を見ました。大人になってからも、高いところから麓の村を見渡す光景を見るのが好きです。

 

トンボをたくさん獲って、焼き鳥のように草の茎に刺して、たくさん集めた記憶もあります。蛇を見ると、怖いとか逃げるというよりは、「捕まえる!」と思いました。

 

記憶にある限り犬は恐怖でした。昔は放し飼いが多かったので、犬を見ると逃げ、逃げると追い駆けられ、その度に怖い思いをしました。小学生だったある時期、今思うと、きっと体調が悪かったのでしょう。毎日毎日犬に追い駆けられる夢を見て目が覚め、再び眠ると夢の続きを見たので、大きくなったら総理大臣になって、犬を飼うことを禁じる法律を作りたいと、真剣に思いました。

 

これらを総合的に見ると、すぐ前の前生は鳥だったのではないかという考えが生まれました。小鳥は歩かないので、歩くのが遅く、変な歩き方をしたと思います。ギョギョロ周囲を警戒するのは鳥の習性です。鳥は川で石に止まって魚を狙い、潜って獲ります。飛んでいない時は、低い山の上から、里を見下ろしているでしょう。昆虫も蛇も、餌なので、可愛く思うことはないでしょう。犬が異常に恐ろしかったのは、たぶん最期に、何かの理由で飛べなくなった時、犬に噛まれて死んだのかも知れません。猫の声も、嫌悪すべき物と感じていました。

 

通常人が死ぬと、しばらくは動物の生を繰り返し、生まれるにふさわしい環境が整った時、(占いから言えば、人と、生まれる時はふさわしくなければならないので、その人にふさわしい星の並びになった時)人間に生まれると考えます。前生と言う時、すぐ前の生は動物で、私は小鳥だったと推測します。

 

前回人間だった時を推測すると、日本人ではないと確信します。言葉を話すのが遅かったのも、発音が変だったのも、初めての(本当は初めてでなく何百年ぶり)国だったからでしょう。生家は関東地方にありましたが、冬の寒さを耐えがたく感じました。当時その地方の夕食は、毎晩手打ちうどんでした。冷や麦や幅広麺なら食べられましたが、手打ちうどんは喉を通りません。残りご飯がない時は、泣いて母を困らせました。

 

他に、食べられなくはありませんが好きでない食べ物は、赤飯、餅、餅菓子、せんべい、あられ、塩辛、生イカ、りんご、おせち料理などで、好きな食べ物は、ウド、春菊、山椒、三つ葉など、香りの強い野菜と甘いお菓子でした。そして母が米を研いでいる時の真っ白い研ぎ汁を見ると、いつでも「美味しそう」と感じました。

 

神社にもお寺にも、家の仏壇や神棚を拝むのも違和感がありました。厳かとか神聖という気分はせず、異教の儀式のような気味のわるさ、白々しさを感じました。

 

運動が苦手で、体育の成績は常に「2」でした。跳び箱はどんなに低くても、一度も跳べたことがありません。鉄棒は前回りだけ、マット運動も前回りだけで、徒競走はいつもビリでした。「1」でなかったのは、担任の温情だったと思います。成人しても運転免許を取りませんでした。お酒は、社交のために飲む努力をしましたが、苦しいだけで酔えませんでした。

 

絵を描くのは好きではありませんでしたが成績は良く、特にデッサンや彫塑が得意でした。詩作が好きで、小学生の時から、日常的に詩や随筆を書いていました。小学校高学年から日記をつけ始め、春休みや夏休み、新学期が始まって、生活が変わる度に「日課表」を作るのが好きでした。時間を無駄にしたくないと言う思いが強かったです。

 

インドが好きで、サリーを着た女性の写真を見ると美しいと感じ、インドの文化に憧れを感じました。

 

これらを総合すると、私は日本人でなく、温かい国の人で、仏教の僧か、仏教文化の国に住んでいたと思います。その後の多くの縁の深い人々との出会いを考えると、タイ人だったと推測します。タイの食べ物は、パクチーなどの香りの強い野菜が多く、いろんな香りを好みます。

 

米の研ぎ汁を「美味しそう」と見たのは、ココナツミルクの美味しさが記憶に残っていたのかも知れません。出家は律で走るのを禁じられているので、運動をしたことがなく、別の体に生まれても、体が動かないのだと思います。

 

仏教の比丘は動物に乗ること、動物が引く車に乗ることを禁じられているので、その習性が身についている人は、現代に生まれても運転免許を取らないと思います。

 

詩作が好きで、絵画が得意なのは、出家として何度も生きたからと思います。昔は出家すると生涯僧として暮らしましたが、長い人生では宗教的興味はあまり長続きしないので、実践の熱意が冷めた後は、詩作や絵画、彫刻、彫塑、木工、調薬、占いなどに熱中します。そうでなければ、宗教界の権力や社交、あるいは年中行事などの儀式に夢中になります。私は絵画から占いまで全部、好きか得意なので、いろいろ総合すると、仏教の比丘として生きた生が多かったことを意味すると思います。

 

以上のように、現生にある習性や好み、嫌いな物などを整理し、そしてそれはどんな人にある好みや習性化を良く調べると、ある程度、過去生が絞られてきます。外国の場合、現生で行ったことがある国、会って話したことがある外国人の国などは、過去世と関連があると思います。

 

先ほど日本人に生まれたのは何百年振りと書きました。日本の歴史を見ると、興味がある時代と、まったく関心がない時代があります。私は平安時代と江戸時代には興味があり、その時代の文学作品を原文で読むのが好きですが、幕末から明治大正までの時代とその時代の作品には、まったく興味がありません。それで私は、平安時代と江戸時代に、日本で生きたことがあるのではないかという思いがします。これは興味の問題です。

 

他にも、北イタリアやポルトガル、インド、韓国の景色にもデジャブーのような懐かしさを感じることがあります。これも、その国(あるいは文化的に近い国)で生きたことがあることを表していると思います。しかしその国ではなく、文化的に似ている別の国のこともあるようなので、断定はできません。

 

こうした思索は、馬鹿らしい妄想と思われるかも知れませんが、過去生を見る宿命通は、ジクソーパスルのように一つ一つ組み立てて見ている内に、ある時、一気に加速して完成するので、そしてブッダもそのようになさっているので、そうした過去生を思索することも、世界の真実を知ることに関して意味があると思います。

タイのテレビCM

ユーチューブを見ていたら、自動的にたくさんの動画を提示して来た中に、これから紹介する動画がありました。最近見出しに使われている「感動」は少しも感動する物ではないので関心はありませんでしたが、久しぶりにタイ語を聞こうと思って見ると、本当に感動しました。10分弱なので、お急ぎでない方はご覧になって見てください。日本語字幕があります。

世界中が感動したタイのCM3本立て - YouTube

三種類あり、初めの話は「恩返し」の話で、二つ目は善行善果の話で「善果は物質とは限らない」とまとめてあり、この二つは直接仏教の教えです。三つめは直接仏教の教えではありませんが、最後の一言が素晴らしいです。

 

これを見て、やはりタイは、まだ庶民にタンマが大切にされていると、羨ましく感じました。タイは他の仏教国に比べてダンマの実践を重要視すると言われますが、実践する仏教徒が一定比率いたから、それらの人のカンマによって、東南アジアで唯一、西欧諸国の植民地にならなかったと理解します。多くの人が実践すれば、国全体にダンマの結果が広がるからです。

 

二番目の話の人は、私がタイ語を習う切掛けになった、初めてのタイの友人に似ています。その友人は動物を慈しみ、貧しい人に分け、道に割れたガラスの欠片などがあると、止まって片づけたり、危険な物を端に除けたりしていました。私の家族は二番目の話が一番良いと言っていますが、私にとって、身近な普通のタイ人に見え、特別に感じません。オーサーレダッパダンマなどを読むと、その友人が話していたことと同じなので、彼はプッタタート師の本を読んでいたに違いないと思いました。

 

この動画は2015年にアップされているので、それ以前に放映されていたと思います。三つは同じ生命保険会社のCMで、お寺の関係者でなくても、普通の会社がテレビのCMでダンマを教える社会は、羨ましいです。

大家族で暮らせば、今ある問題はすべて解決する

一人暮らしの老人、中年、あるいは若い人でも、亡くなった後何日も、何カ月も発見されない問題は、親と子と孫の大家族なら防ぐことができます。保育園の待機児童の問題も、大家族ならあまり生じません。子供の貧困、食事が食べられない問題も、大家族で手があれば、安い材料をまとめて買い、手を掛けることで、同じ食費なら、小家族より質の良い食事ができます。風呂は一度沸かして何人も入れるので、冷暖房も、一室を何人もで使うことで、住居費や光熱費などは、一人暮らしや核家族より、一人当たりの額は少なくて済みます。

 

両親や保護者が忙しくて、問題を抱えた子の気持ちを思いやれない問題も、大家族なら、祖父母や独身の叔父叔母が聞いてやることもできるので、青少年が相応しくないSNSに関わって事件に巻き込まれることや、自殺問題も減少します。する事がなく、話し相手がいない寂しい老人もいなくなり、寂しさが原因で犯罪を起こす、あるいは自殺する老人もいなくなります。

 

大家族なら、誰かが病気になっても、転勤になっても、死亡しても、家でペットを飼い続けられるので、捨て犬、捨て猫、処分される犬猫の問題もなくなります。大家族なら、複数の収入源があるので、誰かが長期の入院をしても助け合うことができ、すぐに生活苦になりません。

 

大家族なら、働き盛りの人が自家用車で買い物ができるので、過疎地や都会の中の老人の買い物困難もなくなります。大家族なら、困ったことが起きても、誰かが助けてくれるので、日頃から安心があります。誰かに助けてもらう代わりに、誰かを助けなければならない場合も良くあるので、その業の報いで、家の外で問題が起きても、助け船が来ます。大家族なら助け合うことは当たり前になり、身勝手な考えが改まります。

 

大家族なら介護の問題も、複数の人が交代で、あるいは分担して関わることができ、誰か一人に過重な負担になりません。年を取っても家族の一員として役割がある生活の中では呆ける暇もないので、認知症自体が減るかもしれません。まして青少年が親の介護をしなければならない若年介護者の問題もありません。

 

小家族の場合、家庭内の正誤の比率が一対一では力不足で、誤った見解が勝つこともあります。しかし家族の中に一人誤った見解の人がいても、正しい見解の人たちが多数なら、協力して改めさせることもできます。だから離婚の問題なども、減るかも知れません。

 

離婚しても、子は家の子として育てるので、再婚相手に虐められる問題、再婚相手に迎合して虐める問題は減ります。親や兄弟と同居しなければならないなら、火遊びのような結婚、再婚も減るかもしれません。

 

こうした社会の問題が激減すれば、税金はもっと良い使い方ができ、国民一人当たり841万円もある国の借金も、減らせるかもしれません。