カルト教団に入ってしまう業

統一教会が話題になっているので、どういう人がそのような教団に入るのか、カルト団体の餌食になる原因であるカンマは何かを知りたいと思いました。山上容疑者の母親の生年月日が分かるはずもないので、会員、あるいは会員であったことがあるとネットで公表されている有名人や芸能人のホロスコープを、知れるだけ調べて見ました。

 

桜田淳子飯星景子音無美紀子仲正昌樹金沢大学教授に共通するのは、水星と海王星の凶座相(90度、180度)でした。他にはこの座相がなくても、水星が魚座にある人が何人かいました。魚座の守護星は海王星なので、水星が魚座にあれば、水星と海王星が0度(合)と同じ意味になります。0度は凶座相の意味も、吉座相の意味もあります。

 

竹内結子藤岡弘は二つの星が150度離れていて、これも凶の意味があります。いずれにしても、知性や言葉、情報を表す水星と、信仰・欺瞞・曖昧さ・陶酔・魅惑などを表す海王星が何らかの角度や関係がある場合がほとんどと分かりました。

 

テキストにあるこの二つの星が作る座相の説明は、「正体不明の不安や恐怖に悩まされ、注意力散漫で、自分の意見がまとまりにくい。嘘や作り話が多く、陰謀を企てる傾向があり、これが身を滅ぼす危険がある」とあります。占星学のテキストを読むと、二つの惑星、あるいは観測点が作る座相は、それがある人の習性と、その習性の結果が示されているので、カンマの面からも関心があります。

 

「これらの人たちは、この座相があるから旧統一教会に入っている。入っていた」と言うのではなく、「こういう団体の被害に遭うのは、これらの座相が表示する習性、つまり嘘や作り話という口業、陰謀という意業・口業・身業と関連があるように見える」と言えると思います。

 

口で言う嘘や作り話などの口業、あるいは不正語は、言う人は、話している時楽しく、大した実害も与えていないと思うかもしれません。しかし殺生や窃盗に比べると、不正語の頻度は非常に多く、飲酒や不邪淫よりはるかに多いです。例えば一つ嘘を言うと、その嘘を隠すために幾つもの嘘を言わなければならなくなり、結果は鼠算のように大きくなると思わなければなりません。

 

安倍元総理大臣を銃撃した山上容疑者の母親に、嘘や作り話、陰謀などのカンマがあったかどうかは知りません。しかしカルト教団に溺れたことの結果を見ると、それらのカンマの結果がどんなに家族を苦しめ破壊したか、想像するに難くありません。そのような宗教を信仰して、信仰に従って布施を実践しても、望んだ心の平和を実現できず、まだ寄付が足りないと焦燥している本人も、当然幸福ではないと推察します。

 

嘘や悪口、綺語などには、ほとんど重要な結果はないように見えますが、積もり積もれば取り返しのつかない重大な結果を招くと、不正語戒と、その戒がないことの結果について「自分のためにならない」と知ってほしいと思います。

統一教会が話題になっているので、どういう人がそのような教団に入るのか、カルト団体の餌食になる原因であるカンマは何かを知りたいと思いました。山上容疑者の母親の生年月日が分かるはずもないので、会員、あるいは会員であったことがあるとネットで公表されている有名人や芸能人のホロスコープを、知れるだけ調べて見ました。

 

桜田淳子飯星景子音無美紀子仲正昌樹金沢大学教授に共通するのは、水星と海王星の凶座相(90度、180度)でした。他にはこの座相がなくても、水星が魚座にある人が何人かいました。魚座の守護星は海王星なので、水星が魚座にあれば、水星と海王星が0度(合)と同じ意味になります。0度は凶座相の意味も、吉座相の意味もあります。

 

竹内結子藤岡弘は二つの星が150度離れていて、これも凶の意味があります。いずれにしても、知性を表す水星と、信仰・欺瞞・曖昧さ・陶酔・魅惑などを表す海王星が何らかの角度や関係がある場合がほとんどと分かりました。

 

テキストにあるこの二つの星が作る座相の説明は、「正体不明の不安や恐怖に悩まされ、注意力散漫で、自分の意見がまとまりにくい。嘘や作り話が多く、陰謀を企てる傾向があり、これが身を滅ぼす危険がある」とあります。占星学のテキストを読むと、二つの惑星、あるいは観測点が作る座相は、それがある人の習性と、その習性の結果が示されているので、カンマの面からも関心があります。

 

「これらの人たちは、この座相があるから旧統一教会に入っている。入っていた」と言うのではなく、「こういう団体の被害に遭うのは、これらの座相が表示する習性、つまり嘘や作り話という口業、陰謀という意業・口業・身業に原因があるように見える」と言えると思います。

 

口で言う嘘や作り話などの口業、あるいは不正語は、言う人は、話している時楽しく、大した実害も与えていないと思うかもしれません。しかし殺生や窃盗に比べると、不正語の頻度は非常に多く、飲酒や不邪淫よりはるかに多いです。例えば一つ嘘を言うと、その嘘を隠すために幾つもの嘘を言わなければならなくなり、結果は鼠算のように大きくなると思わなければなりません。

 

安倍元総理大臣を銃撃した山上容疑者の母親に、嘘や作り話、陰謀などのカンマがあったかどうかは知りません。しかしカルト教団に溺れたことの結果を見ると、それらのカンマの結果がどんなに家族を苦しめ破壊したか、想像するに難くありません。そのような宗教を信仰して、信仰に従って布施を実践しても、望んだ心の平和を実現できず、まだ寄付が足りないと焦燥している本人も、当然幸福ではないと推察します。

 

嘘や悪口、綺語などには、ほとんど重要な結果はないように見えますが、積もり積もれば取り返しのつかない重大な結果を招くと、不正語戒と、その戒がないことの結果について「自分のためにならない」と知ってほしいと思います。

アパーヤムッカと最近の世界

ブッダの仏教にはアパーヤムッカという言葉があります。富田竹次郎編の「タイ日辞典」には「破滅の原因」「悪趣への道」とあるので、日本の仏教には、一語で足りる簡略な訳語はないようです。だから、そのような概念は日本に入って来なかったのかも知れません。

 

破滅や悪趣への道は、飲酒、賭け事、女遊び、悪人との交際、あちこち見て歩く、怠けるなどがあります。飲酒や女遊びなどは説明不要と思いますが、悪友とは、ダンマでない方向の、俗悪な物を嗜むことに誘う人で、ダンマの話をしない友人(飲食や遊びの友)全般との交際です。あちこち見て歩くとは、芝居や音楽、歌、見世物、いろんな芸、現代なら映画やミュージカル、ライブ、ショッピング、テレビを見ること、家でも車内でも、どこでも音楽を聴く、映画などを見る、スポーツ観戦など、何でも見て聞いて楽しむことです。どれも今の世界のほとんどすべての人は、日常的にアパーヤムッカに親しんでいるように見えます。

 

世界のほとんどの人がアパーヤムッカと親しんで、アパーヤムッカ浸けになっていれば、そのカンマの結果を現生で一斉に現すために、世界にいろんな出来事が必要になります。昔は、破滅をもたらすために異常気象や大災害や戦争が、数十年から百年くらいに一度起こる必要が生じます。戦前に生まれた人は、全員が戦争を経験しました。それらの世代のほとんどが亡くなった今、戦争を知らない世代に、アパーヤムッカであるカンマの結果、あるいは他のすべての悪のカンマの結果をまとめて受け取る機会として、何かがなければなりません。

 

第二次世界大戦の後、大きな戦争は起っていないので、戦争に代わる、戦争と同じように多岐に渡って影響がある出来事として、コロナウィルスやウクライナ問題が起きているように見えます。この二つは、政治、経済、食糧、医療、教育、失業、経済格差、国家による自由の束縛、エネルギー問題など、あらゆる範囲に及び、世界中の誰も、何らかの形で影響を受けない人はいない状況です。

 

戦争になれば、直接戦争をしていなくても、何らかの形で自由が束縛され、物資は減って値上がりし、求めにくくなり、エネルギーも欠乏しがちになり、何かにつけて我慢を強いられる生活になります。直接戦っている国なら、直接命の危険、あるいは脅威に曝されますが、すべては国民のカンマ次第です。

 

日本の社会を見ると、1980年代から90年代に、アパーヤムッカの塊である海外旅行がブームになり、多くの人が悪のカンマを作りました。

 

スポーツ観戦を見ると、スポーツ観戦が、まだ相撲と野球だけだった頃はさほど騒がしくありませんでした。相撲の観戦は良い相撲が見たいのであり、良い相撲なら、誰が勝っても満足し、あまり贔屓をして、敵を憎みませんでした。Jリーグができた頃から観戦の仕方が熱狂的になり、贔屓のチームに執着して、敵であるチームを攻撃する形の応援になりました。その頃(アパーヤムッカと執着が強くなった頃)から異常気象が常態化したように観察します。

 

それからアパーヤムッカに入り浸ると、収入のすべてを自分と自分たちで使いたくなり、周囲の助けるべき人を助けないので(親戚づきあいが希薄になり、友達は表面だけになったので)、蓄えるべきでないお金を蓄えた結果、財産を失う形の被害が増え、地震や洪水、土砂崩れなどが多発し始め、最近は竜巻も発生するようになったと見ます。

 

アパーヤムッカはお金の無駄遣いに関わる行為ですが、それらを楽しむことで、どんどん身勝手が増え、身勝手になれば執着が増え、誤った見解の悪循環で、今日のように苦の多い生活になっていると見えます。

 

飲酒、夜遊び、女遊び、いろんな催しを見ることができなくなったコロナウィルスの流行は、アパーヤムッカに入り浸った生活への警鐘かも知れません。今は音楽に乗って踊るのが流行りのようですが、音楽を聴いたり、踊りを見たりするだけでも破滅や悪趣の入り口なのに、自分で演奏したり踊ったりすることは、どれほど破滅を加速するでしょうか。

 

現代人は、飲酒や夜の街を遊び歩くこと、芝居や音楽や踊り、映画やテレビを見ることは、昼と夜のように、仕事と休息のように生活に必要不可欠なものと見ています。以前に書いたように、江戸時代の上級武士は仏教が血の中にある人だったので、庶民がアパーヤムッカを嗜み過ぎると、幕府は贅沢禁止令を出し、質素な生活へ戻しました。だから江戸時代の人は破滅の門をくぐる機会がなく、静かで平和な時代がニ百五十年も続くことができたと思います。

 

飲酒や夜遊び、旅行やエンターテーメントなどを、ブッダは「破滅の原因」「悪趣の門」と言われていることを知り、社会全体として抑制する方向にならなければ、世界の破滅は近いと思います。

翻訳裏話

「阿羅漢の後を追って」を公開した機会に、翻訳の仕事の流れを書いてみたいと思います。

初めに何を訳すか決めると、初めからだらだらと翻訳します。内容が全部理解できれば楽しく、仕事もはかどりますが、話の流れとして意味が良く分からない時は楽しくなく、あまりはかどりません。しかし家事をする以外の時間は、毎日座って翻訳します。

 

あるだけの辞書を調べても、どう考えても意味が分からない語句、言い回し、文章などは、ニ三十分格闘したら、いつまで考えても切りがないので、原文のままカタカナにして先へ進みます。納得できるまで考えていると、いつまでたっても完成しないのと、先まで読むと、簡単に理解できることもあるからです。

 

全部訳し終って、意味不明な個所を読み返すと意味が分かり、理解が進みます。例えば阿羅漢の足跡を追っての序章の挨拶の部分に、「阿羅漢の跡を追って歩く人物の生活は、ただ目を閉じて座らなければならない教えでなく、ブッダの教えで段階的に、本当の幸福の系統に自分の心を向けなければならない重要な教えがあります」という一文があります。

これを最初は、「の生活は、ただ目をとじて座らなければならない教えではありません。ブッダの教えで段階的に、本当の幸福の系統に自分の心を向けなければならない重要な教えがあります」と、二つの文章に分けていたので、意味が分かりませんでした。読み返して一つの文章にしたら、意味がはっきりしました。

 

タイ語は、元は中国南部(雲南省)の方の言葉と言われ、漢字の白文をタイ文字で読んでいるのと同じようです。一つの語句が文章のどこにあるかで主語にも、動詞にも、形容詞にも、目的語にもなり、接続詞はほとんどありません。そして句読点がなく、一文字分空けてあることも、無いこともあります。

昔の本は紙代の節約のためか、まったく行替えががなく、一頁、二頁、三頁くらい続いていることもあります。だからどこからどこまでが一つの文章か、判断しなければなりません。理解できていなければ、先ほどの例のように、一つの文章が二つになり、意味不明になります。

 

日本語は簡潔な文を良いとしますが、タイでは短い文章は小学生の作文で、知識のある人ほど、次々に前の語句を説明して、長く複雑な文を書いたり話したりするので、どこまでが一つの文章か分かり難いです。

 

何時も使い慣れ、聞き慣れている文章なら、(小学生の国語のテストくらいなら)一語や二語隠されている言葉があっても、誰でもすぐに判断できますが、プッタタート師の話は耳慣れない内容が多いので、知っている語句ばかりでも、じっくり判断しないと分からない時があります。

 

プッタタートのサイトを公開した時、タイ仏教の書籍を何冊も出されている複数の翻訳家の方々から、「私もプッタタートの本を訳そうとしたことがあったが、途中で諦めた」という趣旨のメールを頂戴しました。タイ語に非常に精通しておられる先生も、語学力だけでは翻訳できないのかもしれないと、その時思いました。中には、仏教の翻訳書をたくさん出されている方もいましたから。

 

ネイティブでない人ばかりでなく、タイ人の友人知人でも、私がプッタタート比丘の本を持っていると、「この本が読めるの? 私は読んでも分からない」と言われたことがあります。その友人は、あまりダンマのない人でした。他にもダンマのない人、つまり「今どきの若者タイプの人」は、同じことを言いました。だからダンマの話の理解は、語学の問題ではないのかもしれません。

 

プッタタート師の書籍は、世界数十か国語に訳され、出版されていますが、ほとんどは英語版を介して他の言語に訳していて、タイ語から直接訳している本はほとんどないようです。今日本語を学んでいる人は、世界各国にたくさんいるので、そのうち「日本語のサイトでプッタタート師を知った」という外国人が現れるかもしれません。そう思うと、少しでも多くの本を日本語に訳して置くべきだと感じます。

 

一旦、ざっと翻訳を終えると、一二度読み返し、意味不明な個所を修正したら、完成する手前、登山なら九合目くらいで新規のページ(ホームページ)を作ります。完成するまで待たないで更新を急ぐのは、もしその晩死んでしまえば、翌日更新しようと思っていた作品は、永久に誰の目にも触れないからです。まだ欠陥があっても公開して置けば、誰でも読むことができ、変換ミスや「てにをは」などの小さな間違いは、誰でも間違いと分かるので、あまり心配ありません。

 

だから暫定的に更新し、それから変換ミスや脱字、重複文字などをもう一度修正し、注釈などを追加する作業をして、段々に完成させます。作品の長さによって違いますが、更新して一、二カ月後に完成します。まだ人前に出せる状態でないのに更新するのは、死隨念をすると、まだ未熟児でも、一時も早くその作品を世に出しておいた方が良いと思うからです。

 

起床と同時に店を開けてしまい、店番をしながら洗顔や食事や化粧をするように、多少見っともない面はありますが、お許し願いたいと思います。

阿羅漢の足跡を追って

最後の翻訳作品を更新してから、二年ぶりに新作を更新しました。体調は一進一退の状態が続いていますが、体力が六十歳代の時よりも衰え、気力もあまりないので、気ままに過去の作品を読み、何か書きたくなったら書く生活でも良いかと考えることもありました。しかし何もしなくても時間は過ぎて行き、少しずつでも訳していれば、自然に完成すると思い直して、今年一月、かねてより気になっていた「阿羅漢の足跡を追って」を訳し始めました。

 

「阿羅漢の足跡を追って」は、プッタタート師がバンコクから帰郷した後、長い間荒れて放置されていた寺にトタン板で掘っ立て小屋を建てて住み始めたのが五月十二日で、同年八月二十三日に執筆を始めています。

プッタタートという筆名を使い始めたのも、この時が初めてです。

 

私は、小説でも何でも、その人が最も表現したいことは、処女作、あるいはごく初期の作品にあると見ます。テクニックはまだまだでも、その人に書かせる力が心に漲っているからです。プッタタート師の場合、バンコクパーリ語の段を取る勉強をしていましたが、翻訳の仕方が伝統を重んじる(試験のための勉強)ばかりで、本当に実践できないことに失望して、自力で翻訳する決意をして帰郷し、やっと環境が整って書いた、初めての文章です。(当時はまだ26歳です!)

 

この本には前から興味がありましたが、時々拾い読みをして見ると、三蔵からの引用が多く、難しそうなので、いつでも後回しにしてきました。しかし「あと一つだけ訳すとしたら」と考えると、これ以外にはない気がして、訳す気持ちになりました。

 

阿羅漢になる道を知りたい、阿羅漢になる道を、同胞に教え、「阿羅漢になることは不可能だ」と豪語する人と、それに同調する人をなくしたいという気持ちが、挨拶や、ダンマの説明にも滲み出ています。どんな初歩の勉強や実践をしている人も、阿羅漢になることは最終目標なので、目標を見失わないためにも、しっかりと見えていなければなりません。

 

今の世界は混乱の最中で、ブッダのダンマについて考える良い機会ではありません。しかしできる時に日本語にしておけば、いつか何方かが読んで、有益に使ってもらえるかもしれません。このサイトは、タイを始め、東南アジアで出家している比丘や沙弥尼のみなさんも読んでくださっていると聞いたことがあります。また、在家でも出家と同じくらい、あるいは出家より厳格な実践をしている人もおられると信じます。

 

本書が本気で阿羅漢の足跡を追う人たちの気力になり、灯火になることを願う時、二年ぶりに更新できたことを心より嬉しく思います。

車寅次郎は何が辛いのか

プッタタートプッタタート師が「ブッダダンマ」の中の「静かさはブッダダンマ」という話で、「ブッダは、静かさ以外に幸福はないと言われている。人(動物)は誰でも静かさを愛している。戦争も静かになるための足掻き」という趣旨の話をしています。これには納得しますし、人間の本質はそのように見えます。しかし日常生活ではそうでない人もいます。

 

家族に付き合って映画「男はつらいよ」を時々テレビで見るのですが、何度見ても寅が男であることの何が辛いのか、分かりません。毎回、平和に暮らしている虎屋に、寅次郎がふらりと戻って来て、その回のマドンナである女性に、勘違いの片思いをし、最終的に夢は破れて、虎屋の家族、妹さくらの家族、裏のタコ社長まで、寅次郎の感情の嵐に巻き込んで大騒乱があります。最後は寅次郎が家を飛び出して旅に出て、遠くの町から美辞麗句を書き連ねたハガキが届いて終わります。

 

片思いや失恋など、寅次郎の心の問題なのに、まったく感情を管理しないので、周囲の誰でも巻き込んで振り回し、自分だけが傷ついたように家を去ります。大騒ぎをしたことに後悔も反省もなく、寅次郎の心の中では清々しささえ感じているように見えます。そのタイプの人は、自分が起こした騒乱を愛しているからです。

 

 寅次郎が大騒ぎする前には、必ず憧れの人に対する恋愛感情があります。その女性に逆上せ上がって、あれこれ想い描いて楽しみ、夢想する期間があり、現実が怪しい雲行きになり始めた頃、あるいは失恋が明らかになった時に、最高度の幸福の目盛りまで揺れていた心は、最高の不幸の目盛りに揺り返し、怒って、泣いて、喚いて周囲の人の反応で自分の怒りが最高度に達すまで、周囲の人を激しく傷つけます。最高度に達せば、怒りは収まるからです。(この意味では、怒りも静かさのためと言うことができます)。

 

 もし寅次郎が家に戻って来た時、寅次郎の心を捉え女性が登場しなければ、トラの恋愛もなく、家中を引っ繰り返すような騒動もありません。しかし寅次郎には、美人好みとか、タイプの女性とかいうものはなく、丁度良い時に現れれば、ほとんど誰でも恋愛の対象にしてしまいます。

 

 寅次郎は架空の人物ですが、そのようなタイプの人は、世間にたくさんいます。そのタイプの人は、平和で退屈な日が続くと、自分の心を高揚させるためだけに恋(片思いでも可)をします。人を愛せば心がウキウキして幸福を感じ、現実以上の幸福を感じるために夢想に耽ります。つまり所持している現金以上に馬券を買ったと思い込むようなもので、夢が破れた時は、所持していた額より大きな痛手を被ります。

 

 幸福が突然消えれば、陶酔は怒りに変わり、家族や周囲の人を巻き込んで、怒りの頂点を求めなければならなくなるので、ほとんどは家族や部下に怒りをぶつけます。しかしこのタイプの人は、「自分が何のために恋をするのか。なぜ自分は関係ない人を傷つけてしまうのか。自分は、平和に暮らすこと、平穏に生活する退屈さに我慢ができず、波風を立てずにはいられない」と知りません。

 

 昭和の金子光晴という詩人は六歳で養子になり、養母は彼より十歳上の十六歳でしたが、怒ると焼け火箸を手などに押し付け、別の時には「ごめんね、熱かったかい」と猫撫で声を出すような人だったと書いていました。このような行為も、「平和に、我慢出来ないほど退屈を感じる」タイプで、苦しめることが後で詫びて可愛がる(つまり愛の)原因になるので、そのために幼子の身心を傷つけることを繰り返します。幼児を虐待する親の一つのタイプです。

 

 大人しくしている人たちを見ると、からかって楽しい気分になり、揶揄して怒らせて楽しむ人がいます。(寅次郎もからかうのが好きです)。それも、静かな物の静かさを破ることを幸福と感じるからかもしれません。他人を怒らせて揉めた後には、ことが治まった時、再び静かになる喜びがあるので、その味が繰り返させるのかも知れません。

 

占星学のテキストを読んだ時、「平穏な日常の連続を堪えがたく感じ、愛している人たちに喧嘩を売る人」がいるとは信じられませんでしたが、「男はつらいよ」を観ると、こういうことだと分かります。寅次郎が喧嘩をするのは虎屋の人たちですが、結婚している人は、しばらく平穏に暮らしていると、理由もなく突然相手に喧嘩を売っては、仲直りすることを繰り返します。

 

寅次郎が、平和に我慢できないほど退屈を感じる病気に気づいて治す努力をすれば、柴又には穏やかな日々が続き、寅次郎自身も波風の少ない、穏やかな人生を送れます。それが昭和らしさと言っても、一人の幼稚な男によって、侵略のように、爆撃のように、突然一家が平穏な日常を奪われる光景を観ると、「もっと大人になりませんか」と言いたくなります。

朝方の危機

最低気温が真冬並みの日が続いた先週のある朝、明け方にトイレに目が覚めて、いつものようにトイレに行き、用を足して、ペーパーを巻き取ったことまでは憶えているのですが、気が付いたら座椅子に寝ているような姿勢で(我が家には座椅子はありません)、怪訝に思って右腕を動かすと便器が触れたので、便器と壁の狭い空間にいるらしいと分かり、立ち上がって部屋に戻りました。

 

気づいた時パジャマのズボンは上げてあったので、立ち上がってから倒れたのでしょう。体は冷えてなかったので、意識を失っていた時間は、長くなかったようです。

 

なぜ倒れたのか、何が原因なのか分かりませんでしたが、年寄ならこういうこともあり得るし、自然なことのように思いました。子に話したらネットで調べて、ヒートショックの症状らしいと分かりました。ヒートショックは入浴時に多いと聞いていましたが、朝方は一番寒い時刻なので、放尿により、より体温が下がり、血管が急速に収縮して、一時的に高血圧になるらしいです。あるいは立ち上がった時に、急に血圧が下がったのかも知れません。

 

それとも、一瞬心臓が拍動を止めたので倒れたのかどうか、詳しいことは知りませんが、あれで死んでしまうなら、痛いも苦しいもなく、本当に楽だと思いました。

 

しばらく前に兄が電話で、夜半に便意を感じ、なかなか出ず、座っていると突然床に倒れてしまい、意識はあっても金縛りのように体が動かなくなり、しばらくそうするうちに、元に戻ったと話していました。夜中の便意は脾陽虚という症状(腸の内容物を保持しておく力の不足)だと思いますが、倒れたのは、温かい居間から寒いトイレに行ったことによるヒートショックか、力んだことによる血圧の問題かもしれません。

 

そして私も転倒した日の前後数日は、胃が重いように感じたので、脾(消化器官を司っている)の調子と関連があるのかも知れません。

 

入浴時は温度差に気をつけ、出る時は浴室の中で身体を拭き、外に置いてある下着だけを素早く浴室に入れて、浴室内で着、それから洗面所でパジャマを着ると、外の寒さをあまり感じないので、年寄には良い方法だと実行していました。

 

しかし夜中のトイレでもヒートショックがあるとは知りませんでした。真冬の夜にトイレに行く時は、分厚いベストを羽織っていましたが、最近温かくなったので、数日だけ寒さが戻っても、防寒ベストを来ていませんでした。考えて見れば夜具の中は体温に近い36度くらいあり、トイレの室温はたぶん15、6度くらいで差が大きく、浴場にも劣らず危険だと知りました。

 

同時に、死はいつでも、影のように身に付いていて、突然任務を果たすと再認識しました。ダンマがある時は「今、一秒後に心臓が止まることもある」と考えても、ダンマがなくなれば、「まだしばらくは死にはしない」と考えて、時間を無駄にしてしまっていました。死は、ほんの一瞬の隙を狙っていると感じました。