第四禅定回想録

瞑想をしている人はたくさんおられるようですが、禅定体験について書かれている文章に出合ったことがありません。禅定、特に四禅は、経験した人が少ないからと思います。

 

四禅になったらどのような感覚なのか書いておくことは、これから体験する人のため、あるいは過去に、奇妙な心の体験をした方が、自分の体験と比較して見るために参考になると考え、一度詳しく書いておきたいと思います。

 

タイで阿羅漢と噂されている長老のお寺のサイト、それも幾つもで、阿羅漢になった時の話を読んだことがありますが、「阿羅漢になった」時の状態は四禅ではないかと(つまり本当の阿羅漢ではないと)感じるのばかりだったので、前もって四禅の状態を知っておけば、四禅で「阿羅漢になった」と誤解しないで済むからです。

 

ブッダは四つの禅定について、簡単に説明されています。ほとんどの人は、読んだだけでは意味が良く分からないと思います。私自身も、繰り返しこの文章を読んでいながら、自分自身の奇妙な体験が四禅だったと気づくまでに、十年くらいの時間が掛かったからです。

 

初めに、四つの禅定のブッダの説明は次のようです。

 『この場合の比丘はすべての愛欲が静まり、すべての悪が静まって、当然ヴィタッカ(継続して考えること)とヴィチャーラ(その感情から離れないこと)、遠離から生じた喜悦と幸福がある初禅に到達します。

 ヴィタッカとヴィチャーラが静まることで、一つだけのダンマであるサマーディが現れ、ヴィタッカはなく、ヴィチャーラもなく、あるのはサマーディから生じた喜悦と幸福だけの、内面を明るくする二禅に到達し、常にその感覚の中にいます。

喜悦が薄れることで、彼は平然と注視できる人になり、サティがあり、全身に行き渡った感覚があり、そして名身で幸福を味わい、当然、聖人の方々が「この定に到達した人は平然としていられる人で、サティがあり、全身に感覚が行き渡っている」と称賛する三禅に到達し、常にその感覚の中にいます。

 幸福と苦とを捨てることで、そして過去の喜びと憂いが消滅することで、苦も幸福もなく、あるのは捨ゆえに純潔なサティだけの四禅に到達し、そして常にその感覚の中にいます』。

 

日記をつけていないので詳しい日時は分かりませんが、私が四禅に到達するプロセスに至ったのは、1999年の11月頃のことです。その一年半くらい前にチャヤサロー比丘の「心の友」を読んで(翻訳して)、四念処のような実践を始めていました。「心は空のようなもので、考えは鳥や雲などの飛行物体のようなもの」と見て、常に心の中を観察し、考えが生じたら、それは何か、喜びか、悲しみか、怒りか、それとも迷いか判断し、それを見分けたら、すぐにその考えを捨てる、というような実践でした。

 

そのように実践する努力を継続していると、すぐに習慣になりました。そして1999年の10月頃、その時、タンマタート著「初心者のための仏教」の二部と、初めてのプッタタート比丘の本「幸福について」を順に訳していましたが、翻訳している間中、一字一句が心に響いて、感動というより、もっと深く、もっと濃やかな喜びを感じました。言葉で表せない種類のもので、敢えて言葉にすれば、心の深奥が戦慄するような喜びでした。後にブッダの言葉を学ぶようになって知ると、これが「一番のダンマであるサマーディが現れ、ヴィタッカはなく、ヴィチャーラもなく、あるのはサマーディから生じた喜悦と幸福だけの」と言われている「喜悦と幸福」と分かりました。

 

その頃、これも記録がないので何日と確定できませんが、夫が「従業員から仲人を頼まれた」と言いました。当時、非常に夫を嫌っていて、何度離婚話をしても応じない夫に愛想が尽きていて、可能な限り顔を会わさない暮らしをしていました。親戚の冠婚葬祭だけは、仕方なく行動を共にしましたが、他人の仲人まで引き受けられると、挙式の日一日、一緒に行動しなければならないのが苦痛で、「何度言ったら分かるのよ! もう二度と引き受けないでと言っているでしょ!」と怒りが爆発しました。

 

しかしその日、心の中でいつもの反応がなく、「夫も断れなかったのだろう」という思いが浮かびました。そしてそれほど嫌でなく感ました。夫を嫌っていない感覚は、自分でも驚きました。この時が『「到達した人は平然としていられる人で、サティがあり、全身に感覚が行き渡っている」と聖人の方々が称賛する』と言われている三禅だと思います。何があっても平然としていられます。

 

結婚式はその一週間か十日くらい後でした。その日は朝から晩まで行動を共にしましたが、それまで目にするのが死ぬほど嫌だった夫の色んな行動を見ても、何とも感じませんでした。自分の目は、ただ状況を捉えるドキュメントのカメラのようだと感じました。「私の夫」と感じなかったからです。

 

それから翌年の4月まで、四禅の状態は続きました。長年手帳を日記代わりに、その日の出来事、記録すべきことをメモしていましたが、不思議なことに、その年の2月から空白になっていて、支出のメモも10月上旬までで終わっています。そして翌2000年は、何十年も使用していた手帳も買っていません。これは「時が止まってしまっていた」と見ることもできます。支出の記録を止めたのは、私のお金という感覚がなくなり、管理する意味も消えたからと見えます。

 

当時のことで覚えているのは、見慣れた家の周囲の景色が、非常に美しく見えました。空気中の埃を全部除去して、家々の屋根や周辺の屋敷森の木々など、すべてを水洗いし、自分の網膜の埃も最大限に除去したように、家々も、森も、空も、何もかも清潔で、澄み切って美しく感じました。(世界が美しく見える)

 

そして、いつもと同じように時は流れ、朝が来て日が暮れて、一日一日が過ぎていくのに、不思議に時が止まっているように感じました。(時間が止まっているように感じる)

 

家の外へ出て近所の風景を見ると、風も吹き、車も走り、普通に生活音は聞こえているのに、知り合いが通れば声を掛け、挨拶を交わしているのに、自分を囲んでいる半径一メートルくらいの空間はガラスのドームを被せたように、音もなく、すべてが静止しているような静寂を感じました。(自分の周囲だけドームに囲まれているように、別世界に感じる)

 

思うことも、考えることもないのに、突然空から降って来たように、「何年か前に、タイでスリ被害にあった原因は、学生時代に母の財布からお金を引き抜いたから」と、因果関係が意識上に浮かび上がりました。あまり良い記憶でないので思い出したことがなく、そのような出来事を憶えていたことに驚きました。

 

そして「すべてのことには原因がある」「カンマとカンマの結果はある」という道理が、机上の論理でなく、世界を支配している法則であることを実感し、今まで感じたことのない畏れを感じましたが、一瞬だけでした。「ブッダが言っていることは、真実だった」「ブッダは本当に悟った人だ」と実感し、その時初めて、畏怖する気持ちが生じました。(ブッダに帰依する気持ちが兆す)それを皮切りに、その後折に触れ、現れている現象の原因であるカンマが見えるようになりました。

 

それまでは離婚を望み、いつか必ず、できるだけ早くと、それだけを冀っていましたが、別れても別れなくても何も違いはないと感じました。夫も生活も、何も少しも変っていないのに、何も不満がなくなり、何も望みがなくなり「今のままで十分、何も足りない物も過剰な物もない。すべてがちょうど良い」と感じました。それまでは離婚できないことで友達より不幸と感じていましたが、その時「私は最高に幸福。世界の誰よりも幸福。私より幸福な人は世界に誰もいない」と感じました。(最高の幸福を感じる)

 

老いも病気も死も、怖いと感じませんでした。まだ仏教書を三冊しか読んでなく、涅槃の知識はありませんでしたが、「これは聞いたことがある涅槃の状態に良く似ているが、涅槃であるはずはない。しかし天上に住んでいるような不思議な感覚だ」と思ったのを憶えています。

 

ここまで書いて来て、食べ物を美味しいと感じたことを思い出しました。あれが美味しい、これが美味しいというのでなく、食べる物すべてに格段に深い味わいがあると感じました。何かを食べている時でなく、別の時に「食べ物はどれも、今まで味わえなかったほど深い味わいがあって美味しい」という感嘆が心に現れました。それは「目に入る光景のすべてが美しい」と感じたのと、一連の感慨だったかもしれません。あるいは、気づかないうちに、禅定が薄れ始めた頃かもしれません。(食べ物の味わいが最高に深くなる)

 

プッタタート師は、時間が経過して禅定の威力が自然に薄れるか、何か禅定を破る出来事が生じるまで、四禅は続くと解説しています。私の場合後者で、ある出来事が起こるまで、四か月ほど続きました。四禅が消えた後は非常に心が乱れて、混乱した月日があったのも事実です。しばらく飲んでいた薬を急に止めると、飲む前より悪い症状が現れる退薬症候のように、サマーディが消えると、経験したことがないほど、心が混乱しました。

 

智慧解脱には四禅で十分で、四禅になったら心を「無常・苦・無我」に傾ければ、心が世界から解脱すると、プッタタート師は説明していますが、残念ながらその時、何の知識もなかったので、ただその味を味わうだけでした。それでもこの時を皮切りに、その後、自分自身のいろんな出来事の原因であるカンマ、他人の出来事の原因であるカンマが見えるようになり、自分自身の過去世や、他人の過去世について洞察するようになりました。(宿命智、天眼智の兆し)

 

整理すると、思い出せるのは下旬頃の二禅からなので、10月中旬頃に初禅になっていたと推測します。初禅は、愛欲が治まり、ヴィタッカ・ヴィチャラがあり、ピーティとスッカがあります。ヴィタッカ・ヴィチャーラとは、「タンマに到達するために」で、「猿を繋いでおくことに例えれば、ヴィタッカは杭に繋がっていること、ヴィチャーラは、杭の周りを飛んだり跳ねたりして、いずれにしても杭と繋がっていることです」と説明されています。

 

良くわからない真似事でも、起きている間はいつでも四念処をしていたので、五蓋は心から払われていたと思います。翻訳をする時は、その原書の内容を一瞬考え(ヴィタッカ)、仕事をしている間中、その考えが心に出没して(ヴィチャーラ)、「いい話だ」と、しみじみ喜び(ピーティとスッカ)を感じていました。それが初禅だったと思います。仕事(翻訳)をすることには、サマーディを深める効果があったと感じます。その後11月初旬に三禅、11月中旬か下旬頃に四禅に入ったと思われます。

 

座って一気呵成に入定する瞑想でなく、普段から四念処で自然に経過する場合、一、二か月掛けて四禅に至ったと観察します。このように長い時間を掛けて、段階的にサマーディが深くなり、四禅に到達しているということです。その定は四か月ほど続き、定から出た後の混乱も四か月くらいありました。一つの頂点に上る時も下るときも、同じくらいの時間が必要なのかもしれません。

 

瞑想中や、生活の中の短い時間だけ珍しい精神状態、不思議な心の状態を経験したと書いているブログなどを見ることがあります。しかし瞑想中に現れる感覚は、禅定ではないと思います。私が初禅から四禅までの禅定にいる時、非常に心は鮮明で、非常に気持ちよく仕事ができ、プッタタート師も、禅定には「カムマニヨー(一境性)」という状態があり、それは、仕事に敏捷という意味です、と言われているからです。