感謝を教えるのは仏教ではない

最近はよく「感謝」という言葉を耳にします。しかも「仏教は感謝を教える」と言う人が多いです。食事の前に言う「いただきます」という言葉は、犠牲になった食べ物への感謝、食事を作ってくれた人への感謝、食事ができる境遇にあることへの感謝、今生きていることへの感謝など、もろもろの感謝の意味が含まれていると言います。
 
しかしブッダダンマ(ブッダの教え)を学んで、ブッダの話の中に「感謝」という言葉を見たことがありません。ブッダの話には「感謝」でなく「恩」という言葉が良く出てきます。今の日本では恩という言葉をあまり聞かなくなってしまったので、今日は恩と感謝について熟慮して見ます。
 
感謝は自分に利益をもたらしてくれる行為や行為者に対して「有難い」「嬉しい」「ラッキー」と感じることで、恩は自分が受けた好意を「借り」と感じる感覚です。借りと感じれば借りたものは返さなければならないと考え、返さなければ「人でなし」になるので、するべきことをする努力を伴い、結果として苦を生じさせない正しい見解の一つです。感謝は口で礼を言うだけ、あるいは心で思うだけの単なるマナーです。
 
感謝はマナーにすぎないので教えれば幼児でも理解でき、悪人でも自分の利益になることがあれば、利益を供与した人に感謝します。邪見の(自然の法則と一致しない教えがある)宗教である西洋にも、世界中の言語に感謝という言葉はあり、いろんな新興宗教も教えています。一方恩という言葉は仏教にしかありません。だから「恩」、特に「親の恩」という言葉を西洋人に説明するのは、非常に難しいそうです。今はすっかり西洋文化に染まってしまった日本人も、(西洋人同様に)恩を知ることは簡単ではないと感じます。
 
私は戦後の教育を受けたので「恩返し」という言葉は昔話の中の話、二十四孝などの話で、民主主義や人権などという言葉と比べると、むしろ知的でない人たちが使う言葉のように感じていました。しかしブッダの教えを学ぶと、ブッダが「恩を知りなさい」と言われていることを知りました。
 
ブッダの教えは守っても守らなくてもその人の自由である一般道徳、あるいは社会の秩序を維持するための道徳ではなく、自然の法則と一致しているので、教えに反した行動をすれば、結果は自然の法則であるカンマの法則によって、行為者自身が必ず苦になります。だから「恩知らずは破滅する」と言われているのは、情状酌量や温情のある人間が決めた法律より厳格なカンマの法則の話です。
 
どんなに学力があっても、どんなに高い学歴があっても、才能や機智や商才があっても、親や恩師に対して恩知らずな行動があれば、たとえ一時は成功を引き寄せることができても成功は長く続かず、早晩破滅します。反対に、幼少時に貧しい家庭に育ち、一身に親の手助けをした人は、大人になるとそれなりに成功します。芸能人では古くは森進一、藤圭子山口百恵から、安室奈美恵、星野あき、篠原涼子宮沢りえ、ローラなど、子供時代に苦労した人の例は多すぎて挙げられません。
 
恩知らず、つまり親不孝で破滅した例は、たいていは親の死後でないと結果が出ませんが他人の親の死を知るのは難しいことと、日本はまだ、親不孝が原因で破滅するほどの人は多くなく、いても成功者ほど有名にならないので探し難いですが、います。最近では経営方針の違う父を社長の座から引き下ろして自分が社長になり、大きな赤字を出して中国の会社に身売り状態になった大塚家具の大塚久美子社長などは、親不孝で破滅した(する)例かもしれません。
 
感謝は行動を伴わないので結果がありませんが、恩を知ることと知らないことは行動があるので、確実に正反対の結果があります。
 
だから何をするにも成功の基盤として、親や恩師を始めすべての物の恩を知ることは必要不可欠です。仕事でも趣味でも学業でも、自分が努力していることを成功させたいと望む人は、「恩を知ること」は必要条件と知ってください。そして自分の子が成功を掴んでほしいと願う人は、教育を受けさせるだけでなく、いろんな物の恩、特に両親の恩を知るよう教えてやってください。
 
私自身、我が子に親の恩を教えることは自分に恩返しをしなさいと言うことでもあり、ためらいがありました。しかし親の恩を知らない子に育てば、どんな良い大学を卒業しても、どんなに才能があっても成功者にはなれず、破滅の一途なので、子の人生が発展するよう、子の才能が開花するよう、子の努力が実るよう望むなら、我が子に親の恩を教えるべきです。それも言葉で教えるだけでなく、自らが自分の親に恩返しをする(亡くなっていれば墓参などをする)姿を見せて自分の背中で教えれば、それが一番善い教え方であり、子への最高の遺産でもあります。
 
感謝は仏教ではなく、仏教の正しい見解でもありません。感謝するだけで「私は善いことをしている」「人生は善い方向になる」と安心しないでください。仏教では恩を、受けたら返さなければならない恩を教えます。