コロナウイルスとアパーヤムッカ(破滅の門)

コロナウイルスが最初に日本に入って来た時は、中国人旅行者、あるいは武漢へ帰省後に再来日した中国人、武漢からの帰国者等でしたが、一旦市中に潜在して広まったウイルスは、ナイトクラブやバー、ライブハウス、スポーツクラブなどでクラスターが発生し、急速に市中に広がり、次に欧州旅行から戻った人によって顕在しない感染が広がりました。

これらの業種を見ると、ブッダが「アパーヤムッカ=破滅の門、悪趣への門」と言われた物ばかりと見えます。破滅の門というのは、酒類の常習、夜遊び好き、観劇好き、賭博に耽る、悪友と交わる、仕事を嫌う」の六つです。酒類を飲むことは、心の正常な状態が失われるので五戒で禁じ、ライブハウスや観劇は八戒でも禁じられ、アパーヤムッガにも入っています。世界中が見守った大感染の現場になったクルーズ船は、酒と踊りと賭博と観劇(映画も)と、それらを好む人の全部が揃い、おまけに贅沢三昧まであります。

破滅の門は、財産を失う、信用を失う、健康を損ねるなどを理由としていますが、そして感染する時は家にいても、施設や病院で暮らしていても感染しますが、それでも感染者の多くが破滅の門に関わっているように見えます。

 

緊急事態宣言が出されると、破滅の門の類の店は休業自粛を求められ、まだ営業している店も市民が外出を控えているので、経営に苦慮している様子が毎日テレビで報道されています。今はどんな業種も大変だと思いますが、破滅の門の類の業種は一層厳しいようです。仏教徒が出入りすべきでない店の営業は、仏教徒がすべきでない職業、誤った職業になります。日本にはブッダの教えがなく、お釈迦様は飲酒も遊興も禁じていないようなので、無理もありませんが。

 

自粛生活を見ると、仏教のヴィヴェカ(遠離)生活と同じだと感じます。私はタイの仏教を知り、四禅を体験してから、ほとんどすべての世俗的な人間関係に関心がなくなり、友人と会うことも電話で話すのも億劫になり、当然繁華街を歩く機会もなく、二十年くらい翻訳三昧の引き籠り生活をしています。だから今の自粛要請にほとんど不自由を感じません。

人との接触を断てば、周囲の人はいないも同然で、首都圏に住んでいても森の中にいるのと変わりません。本当は森とまで行かず、あまり目を楽しませない岩山かも知れませんが、ブッダが勧めているヴィヴェカには違いありません。

 

そして外で酒を飲まない、観劇や音楽鑑賞、舞踏鑑賞もしない、ショッピングも外食もパーティーも、観光旅行も、遊びと言う遊びをせず、友人とのお喋りもしない今の自粛生活は、外部の人と隔絶した「遠離」に近いと思います。会って飲んだり食べたりしなければ、人と連絡を取る機会も減るでしょうし、他人との連絡や会話が減れば、その分だけ自分の心を見る時間と機会が増えます。

自粛生活の不満の声ばかりが聞こえてきますが、このような状況に喜びを見つけてしまい、「ずっとこのようでもいいかも」と思っている人はいらっしゃらないでしょうか。

 

「長者さん。あなた方(在家)は、衣と食べ物と住まいと治療薬と八物で比丘を支援するだけで満足するべきではありません。長者さん。『そのようなら、このような場合みなさんは、それなら私たちは然るべき時にパヴィヴェカピーティ(遠離の喜び)に入ってその中にいよう』と心に留めるべきです。長者さん。あなた方はこのように心に留めるべきです」と、アナータピンディカ長者に話されたブッダバーシタがあります。